福岡工業社 BLOG

「レッカーの世界」
F's World
下町の町工場へようこそ。
株式会社福岡工業社の福岡です。

「ホルムス」というレッカー装置のブランドをご存知の方も多いと思います。
特に小型レッカー用のアンダーリフト「DFT200」は、
現在でもアンダーリフトのことを「DFT」と呼ぶ方がいるくらい、日本ではポピュラーな装置でした。

20世紀はじめのアメリカに、アーネスト・W・ホルムスという人物がいました。
彼は、1916年自分の名前をつけた会社、「アーネスト・ホルムス社」を作り、世界で最初のレッカー車を製作したと言われています。
「レッカー」という名称も、そのときはじめて使われたものだそうです。

「アーネスト・ホルムス社」は、経営不振から1973年に「ドーバー社」という企業に買収されたりしながらも、1980年代まで様々なレッカー装置を製造してきました。

しかし、経営権を他者に握られたことを良しとしない創業者の一族は、
アーネスト・W・ホルムスの3人の孫を中心に、新たに「ジェラルドホルムス社」を設立します。
この「ジェラルドホルムス社」は、その後社名を「センチュリーレッカー社」に改めます。

1980年代のアメリカのレッカーメーカーは「アーネスト・ホルムス社」「センチュリーレッカー社」をはじめ、比較的規模の小さなメーカーが群雄割拠する市場でした。
(1980年代の日本には、「ホルムス」はヤナセ(=ウエスタン自動車、ウエスタンコーポレーション)が、「センチュリー」は総合商社兼松が輸入をしていました。)

しかし、1990年業界再編が始まります。
豊富な資金をバックに持つ投資会社「ミラー」グループが、「センチュリーレッカー社」を存続会社とし、「アーネスト・ホルムス社」「チャレンジャー社」「イーグル社」「チャンピオン社」を買収しました。
この時点で、全米市場占有率70%以上の巨大レッカー製造会社が誕生しました。

「ミラー」グループが主導する新「センチュリーレッカー社」は、買収した各会社の持つ資産を売却して巨大な利益を上げるとともに、各会社の製品ラインナップを整理統合し優れた製品や技術をピックアップして製造販売することで、効率的で幅広いレッカー装置のラインナップを構築しました。

そして、新「センチュリーレッカー社」は、1995年に現在の「ミラーインダストリートーイングエキップメント社」となり、新たに「バルカン社」「ジジェ社(フランス)」「ボニフェイス社(イギリス)」「シェブロン社」を買収し、11のブランド名のレッカー装置を製造する全米最大のレッカー製造会社となっています。

その中には、もちろん、世界最初のレッカーである「ホルムス」の製品もあります。
      
  2007年 5月18日
●第10回 ホルムスは今